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2008年01月25日

桜美林で甲子園目指す

桑田の長男・真樹 桜美林で甲子園へ

パイレーツ・桑田真澄投手(39)の長男・真樹(15)が23日、76年夏の全国制覇を含め春夏通算10度の甲子園出場を誇る東京・桜美林の推薦入試に合格した。午前10時すぎに母・真紀さんと校舎を訪れた真樹は、早速オーストラリアで自主トレ中の父にメールで報告。「“合格しました”と送りました。お父さんのように多くは出られないと思いますが、1回は甲子園に出たい」とPL学園時代に甲子園に5回も出場し、通算20勝を挙げた偉大な父と同じ舞台を目指す。

 身長は父より大きい1メートル78で50メートル走6秒6と身体能力も高い真樹に、桑田は「野球だけじゃなく勉強にもしっかり取り組んで3年間頑張ってほしい。野球部の皆さんと力を合わせて甲子園に行ってほしいけど、もし出られたら夢のよう」とエールを送った。

 ◆桑田 真樹(くわた・まさき)1992年(平4)8月10日、神奈川県生まれの15歳。川崎市の金程小5年時に多摩プラーザスネークスに入部。同中では父がオーナーを務める麻生ジャイアンツでプレー。ポジションは遊撃と中堅。1メートル78、70キロ。右投げ左打ち。

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2008/01/24/22.html
(スポニチ)

※桜美林、76年夏の初出場初優勝の決勝の相手は父の母校PL学園。
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2008年01月24日

第80回選抜 明日、選考

明徳義塾、05年夏以来の甲子園か

第80回選抜高校野球大会(3月22日から13日間・甲子園)の出場校を決める選考委員会が25日、大阪市内で開かれる。記念大会のため、出場校は4校増の36校。内訳は一般選考32(東海、関東地区の明治神宮枠各1含む)に特別枠の21世紀枠3、希望枠1。委員会は午前中から始まり、夕方までに全出場校が決定する。

 一般選考の近畿の出場枠は6。秋季大会優勝の東洋大姫路(兵庫)、準優勝の平安(京都)、4強の履正社(大阪)と智弁和歌山(和歌山)は確実。残り2枠は地域性、試合内容から北大津(滋賀)、天理(奈良)が有力だ。東洋大姫路は4番でエースの佐藤が軸。平安はまとまりが良く、勝負強い。智弁和歌山は昨夏の甲子園を沸かせた佐藤由(仙台育英)から本塁打を放ち、近畿大会でも3試合連続本塁打のスラッガー坂口を擁する。

 各3の中国・四国は地区大会の優勝、準優勝校の選出は確実で、明徳義塾(高知)は選ばれれば、不祥事で辞退した2005年夏以来の甲子園となる。

 3校目は中国は興譲館(岡山)、華陵(山口)が争うが、試合内容に差がなく、地域性で興譲館か。四国は準決勝で明徳義塾に大敗した寒川(香川)に比べ、小松島と接戦を演じた今治西(愛媛)が有利か。

 関東・東京は計7。関東5、東京1の選出後、それぞれの残りの1校を比較する。関東5校目は優勝の横浜(神奈川)を準々決勝で苦しめた千葉経大付(千葉)が優勢とみられる。

 東海・北信越は計6校。各上位2校以外の残り2校の選考が難航しそう。昨春の選抜王者・常葉菊川(静岡)は東海大会、明治神宮大会を制し、走攻守ともにスキがない。北海道(出場枠1)、東北(同2)、九州(同4)は各地区大会の上位校が順当に選ばれそうだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080123-00000959-san-spo
(産経新聞)
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2008年01月23日

マー君 対戦熱望

マーくん 中田にメ〜ラメラ

彩ちゃんにメロメロ、怪物対決にはメラメラだ。楽天・田中将大投手(19)が18日、札幌ドームでCM出演第1弾となる大塚製薬の「オロナミンC」の撮影に女優の上戸彩(22)とともに臨んだ。人気女優との2ショットに完全ノックアウトだった右腕だが話題のルーキー、日本ハム・中田翔内野手(18)には完封宣言。プロの先輩の意地を見せつけることを誓った。

 傍らには愛くるしい笑顔を浮かべる“彩ちゃん”。目尻が下がりっぱなしだった田中の視線が、そのときだけ戦闘モードになった。1歳年下の日本ハムの黄金ルーキー中田の話題に、穏やかな口ぶりながらもキッパリと言い切った。

 「高校時代に甲子園で1度、対戦しているので楽しみです。雑誌などでコメントを見ると、向こうも僕の名前をよく出しているので、対戦して抑えたいと思います」

 ともに“怪物”と称されていた高校時代。05年夏の甲子園準決勝、駒大苫小牧2年の田中は1年生ながらすでに投手、打者として注目された中田と対戦。3打席目で詰まった中前へのポテンヒットを許したが3打数1安打1三振に抑えた。自慢のスイングを許さず、ほぼ完勝しているだけに自信はある。3年ぶりの対決に向け、同じ高卒新人の先輩としてアドバイスを求められたが「僕が言うことじゃないと思う。とにかく2軍じゃなくて1軍で出て対戦できるように頑張ってほしいし、僕も頑張りたい」といつになく挑戦的だった。

 偶然のシチュエーションも田中の闘志に火をつけた。CMのセット設営の許可などで、この日の撮影現場が札幌ドームとなった。高校時代の3年間を過ごし、第2の故郷として愛する北海道への思い入れは強い。昨季、凱旋登板となった9月26日の日本ハム戦ではダルビッシュと投げ合い、完封ペースの9回1死から逆転サヨナラ負けを喫している。「あの試合は自分にとって大きかった。また投げる機会があれば最高のピッチングをしたい。大観衆の歓声もありましたから」。悲願のAクラスへ向けて、昨年リーグ覇者との対戦は大きな意味を持つ。地元のヒーロー、新人の中田を抑えて勝つことはエース格を担う田中にとっての義務でもある。

 田中は21日に仙台に戻り、キャンプへの最終準備に入る。「1年やってスタートの不安はなくなった。開幕からいけるようにキャンプでしっかり準備したい」。ひと回り大きくなった田中が、2年目の飛躍を誓った。

 ▼日本ハム・中田の話(田中が対戦を熱望していることに)昨年、新人王を獲られて自分とはレベルが違うと思いますがプロで早く対戦できるように合同自主トレ、キャンプで練習に励みたい。

http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/2007npb/eagles/KFullNormal20080119095.html
(スポニチ 2008年01月19日)
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2008年01月22日

“スーパーカートリオ”の加藤博一さん死去

加藤博一さんが死去…大洋時代“スーパーカートリオ”として活躍

横浜の前身、大洋時代に“スーパーカートリオ”の一員として一世を風靡(ふうび)した加藤博一さん=写真、フジテレビ野球解説者=が21日午後零時54分、肺がんのため、神奈川・横須賀市内の病院で死去した。56歳だった。2年前からがんのために入退院を繰り返し、闘病生活を続けていた。

 大洋の一時代を築いたスター選手の壮絶な最期だった。加藤さんは2年前に患った肺がんと懸命に闘ったものの、この日の昼過ぎ、横須賀市内の病院で帰らぬ人となった。

関係者によると、肺がんであることを加藤さん本人にも告知した上で抗がん剤治療を行い、昨年2月に左肺を摘出。その後、驚異的な回復を遂げて仕事に復帰し、昨年の春季キャンプや開幕当初は精力的に現場で取材をこなした。その際「すっかり元気になった。大丈夫だよ」と周囲に話していたという。

 ところが病魔は身体をむしばみ続けていた。昨年6月には、名古屋でゴルフをしている最中に足に痛みを訴え、診察したところ足にもがん転移が認められたという。夏前には全身に激痛を訴え、再入院。昨年末は、神奈川・逗子市内の自宅で静養して治療につとめたが、体重が激減。知人からの見舞いの申し出にも「体調がよくないから」と家族が答えていた。

http://www.sanspo.com/baseball/top/bt200801/bt2008012212.html
(サンスポ)

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2008年01月21日

明豊 センバツOK

高野連、明豊は選考対象で変更なし

 日本高野連は16日、大阪市内で常任理事会を開き、昨年7月に部員の喫煙事件があった明豊(大分)について審議し、過去の例から対外試合禁止処分とする内容ではなく、第80回選抜高校野球大会の選考対象となる推薦校とすることは差し支えないとし、運営委員会でも承認した。

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/hs/news/20080116-OHT1T00175.htm
(2008年1月16日 スポーツ報知)

posted by 高校野球 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 全国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

3年生10選手を表彰

県高野連:優秀10選手を表彰 /奈良

 高校野球に携わり、技術や学業、品行に優れた3年生を表彰する県高野連の07年度伝達式が17日、広陵町の県立大和広陵高校であった。日本学生野球協会優秀選手に選ばれた智弁学園の佐藤龍司さん(18)や、県高野連優秀選手に選ばれた9人の計10人に平田明利・県高野連会長から盾が贈られた。

 智弁学園主将を務め、昨夏の甲子園ベスト16に貢献した佐藤さんは「大学進学後も高いレベルを目指して野球をやっていきたい」と話した。【宮間俊樹】

 他の受賞者は次のみなさん。(カッコ内は学校名、敬称略)

 内門翔(高取国際)▽井上亮(奈良大付)▽渡辺慎也(郡山)▽尾井敬志(奈良北)▽横田貴寛(大宇陀)▽細畠優大(法隆寺国際)▽服部真登(青翔)▽永井良輔(大和広陵)▽萩本卓(高田)

http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/high/nara/news/20080118ddlk29050288000c.html
毎日新聞 2008年1月18日

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2008年01月18日

田中健二朗(常葉学園菊川高・投手)

【注目選手の育ちと家柄】日刊ゲンダイ記事

●コンビニまで車で10分以上
「ニックネームは“ハマの田舎(者)”でお願いします!」
 入団会見でこう語った通り、田中健二朗が生まれ育った愛知県新城市鳳来地区(旧・南設楽郡鳳来町)は深い山の中にある。
 父親の好正さん(47)が言う。
「ホントにイノシシやタヌキが出てくる山の中で、自宅は21軒しかない集落からさらにひと山越えたハズレの2軒のうちの1軒。コンビニまで車で10分以上もかかる“ド田舎”です」
 健二朗が通った山吉田小学校までは自宅から5キロ。鳳来中学までは14〜15キロも離れており、「民間バスは赤字路線で廃止。山道が険しく通学が困難な僻地(へきち)のため、中学3年間は寮生活でした」(好正さん)という。
 田中家は父・好正、母・巳路子(39=専業主婦)、長男・裕一朗(19=朝日電装勤務)、二男・健二朗、三男・睦規(16=豊川高校)の5人家族。先祖代々この地で農業を営んでいたが現在は廃農。自宅は昭和1ケタ代に建てられた古い平屋の日本家屋で、部屋数は10と多いが、「今は子供たちは3人とも家を出て夫婦だけ。広すぎて寒い」(巳路子さん)という。

●電機オペレーターの父は年収500万
 好正さんは地元の新城高校農業土木科を中退。その後、長距離トラックの運転手を9年務め、現在はクレーンやユンボなど重機のオペレーターとして家計を支えている。
「年収は工事件数にも左右されますが、平均で500万円を切るくらい。それでも田畑があるから野菜や米には困りません。家族だけなら十分に食べていけます。契約金ですか? 本人は貯金すると言ってましたが、ちょっとくらい小遣いが欲しいね(笑い)」
 巳路子さんとは20年ほど前に「地元のガソリンスタンドでバイトをしていた時に声をかけられた」(巳路子さん)のがきっかけで交際が始まり“できちゃった婚”。89年に二男の健二朗が誕生した。
 両親ともスポーツ歴はなく、「私は168センチ、63キロ。草野球を少しやったくらい。親類縁者にもスポーツ選手や体格のいい人間はいませんね」(好正さん)。
「私も中学の頃に部活でテニスをして、結婚後はママさんバレーに顔を出した程度。野球選手の遺伝子は何もないと思います。身長は162センチ、体重はエーッと……50キロ台ということでご勘弁ください(笑い)」(巳路子さん)
 好正さんは息子のユニホーム姿が載ったスポーツ紙を見ながら感慨深げにこう語る。
「私は高校中退で職が何度も変わり、中途半端な人生を歩んでしまいました。子供たちには普通に高校を出て普通に会社に就職して、何か打ち込めるものを見つけてくれたらいいなと思っていたんですが、まさかプロ(野球選手)になるとは。息子にいい夢を見させてもらっています」
“ハマの田舎者”が大都会でどこまで成り上がれるか。

▽たなか・けんじろう 1989年9月18日生まれ。愛知県新城市出身。小学2年から山吉田少年野球クラブで野球を始め、ボーイズリーグの新城ベアーズで中学3年春に全国大会出場。常葉学園菊川高では2年秋からエースとなり、3年春のセンバツで優勝。夏はベスト4。身長178センチ、体重74キロ。左投左打。契約金7000万円、年俸720万円。

http://gendai.net/?m=view&g=sports&c=040&no=28089
(ゲンダイ 2008年1月9日 掲載)


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2008年01月17日

センバツ 出場候補校134校承認

センバツ:計134校を出場候補校として承認…大会運営委

 3月22日から13日間、阪神甲子園球場で開かれる第80回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)の第2回運営委員会が16日、大阪市西区の中沢佐伯記念野球会館で開かれた。21世紀枠の候補9校と各都道府県高野連からの推薦校125校(前年比9校増)の計134校を出場候補校として承認した。25日の選考委員会で36校を選出し、このうち32校を一般選考で決める。

 また、大阪成蹊大芸術学部の嶋高宏教授がデザインした合金製の優勝、準優勝メダル、参加章メダルも承認された。【滝口隆司】

http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/high/news/20080117k0000m050078000c.html
(毎日新聞 2008年1月16日)
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2008年01月16日

今秋ドラフト日程

今秋ドラフトは10月上旬開催か

 日本高野連の田名部和裕参事(61)は仕事始めの7日、今秋のドラフト開催時期が10月上旬になるとの見通しを示した。今年は大学・社会人と高校生ドラフトが一本化されるが「まだ固まっていないが、クライマックスシリーズ前の10月あたまごろ」と説明。進路が早く決まるメリットがあり、昨年のドラフト後から早期開催を訴えているが「大学も社会人も異存はないと思う。あとはプロ側次第」と話した。

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/hs/news/20080108-OHT1T00055.htm
(2008年1月8日 スポーツ報知)

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2008年01月15日

『熱投の秘密』シンポジウム

高野連シンポに桑田、斎藤が出席

 日本高校野球連盟(脇村春夫会長)は13日、米大リーグ、パイレーツの桑田真澄投手らを講師に招き、大阪市内で故障防止に向けたシンポジウムを行った。

『熱投の秘密』と題したシンポジウムには、近畿圏の高校生、指導者を中心に1269人が参加。ロッテの立花龍司ヘッドコンディショニングコーチのコンディショニング指導のほか、早大の斎藤佑樹投手、横浜高の渡辺元智監督らがパネリストとなった対談に、熱心に耳を傾けた

http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/080113/bbl0801131935001-n1.htm
(産経新聞)
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2008年01月14日

センバツ行進曲内定

コブクロ「蕾」がセンバツ行進曲内定

人気デュオ、コブクロの「蕾(つぼみ)」が第80回記念選抜高校野球大会(3月22日から12日間、甲子園)の開会式入場行進曲に内定した。16日の運営委員会で正式決定する見通し。同曲は昨年の日本レコード大賞を受賞。その余勢を駆って、球児たちの晴れ舞台を盛り上げてくれそうだ。

 節目の80回目となるセンバツ開会式を、レコード大賞を受賞した国民的ヒット曲が彩る。レコ大受賞曲が起用されるのは01年の「TSUNAMI」(サザンオールスターズ)以来で、8曲目となる。

ボーカル&ギターの小渕健太郎(30)が95年に亡くした母親を思って書き下ろしたのが「蕾」。レコ大では「母親と一緒に歌っていたような感覚だった」と、小渕が感激で声を詰まらせながら歌いあげ、お茶の間の感動を誘った。親が子を、子が親を殺(あや)める事件が相次ぐ昨今に投げかけた小渕の思い。昨年はコンサートツアーのタイトルを「蕾」と銘打ち、小渕は訪れた先々で母への感謝と愛情を語って回った。センバツは球児にとっても肉親への日頃の感謝を示す絶好の機会でもあり、テーマにピッタリの曲といえそうだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080114-00000046-spn-ent
(yahooニュース スポニチ)
posted by 高校野球 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

他県もやってみたら 野球部陸上競技大会

8種目に力競う 県高校野球部対抗競技大会

第36回県高校野球部対抗競技大会が12日、県総合運動公園陸上競技場で行われ、54校約1000人が参加した。宮古島、石垣島でも同時に開催された。
 シーズンオフの基礎体力の増強を目的に毎年行われている。100メートル、1500メートル、1800メートルリレーのほか、塁間継投、打撃、遠投など8種目を学校対抗で競い合った。大会結果は後日発表される。
 大会には久米島が久しぶりに参加。嘉手苅基主将は「自分たちの力を試したくて参加したが、塁間継投など良くなかった。悪いところが分かったので、基礎を丁寧に練習していきたい」と課題が明確になった様子。
 塁間走を終えた浦添商の前一平(2年)は「うまく走れなかったけど、タイムは思ったよりよかった。走力をもっと鍛えていきたい」と春の大会を見据えた。
 競技開始前に2007年度の各種表彰が行われた。受賞者は次の通り。
▽審判委員表彰 玉代勢秀人、新崎定義
▽部長・監督表彰 新垣隆夫(小禄)照屋圭二郎(那覇西)外間勝(那覇商)真玉橋治(八重山)伊志嶺吉盛(八重山商工)上間理博(与勝)大城康成(宜野座)仲宗根寛史(具志川)
▽優秀野球部員 仲村亮(本部)上原卓也(具志川)兼城雅(中部商)長嶺忠史(浦添工)宮城冠(開邦)照喜名将吾(豊見城)与那城啓介(宮古)洲鎌朝太郎(八重山商工)

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-30460-storytopic-2.html
(琉球新報)

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2008年01月12日

野球殿堂 「峻烈(しゅんれつ)の剛球」嶋清一投手

平和の象徴・嶋清一投手が殿堂入り

 不世出の左腕といわれた嶋清一(しませいいち)(1920〜45年)が野球殿堂入りを果たした。和歌山・海草中(現向陽高)のエースとして、39年(昭14)、夏の甲子園大会で全5試合を完封、準決勝、決勝を連続ノーヒットノーランの偉業を達成。明大在学中に結婚、学徒出陣し、戦死した。その剛球伝説と、一瞬の青春を関係者の証言や貴重な資料写真で浮き彫りにした。今夏の甲子園大会期間中、終戦の日に表彰する声も出てきている。

 嶋清一を当時「学生野球の父」といわれた飛田穂洲(すいしゅう、殿堂入り)は「天魔鬼神に等しい快投」と評した。野球記者の草分け、太田四州(ししゅう、殿堂入り)は「峻烈(しゅんれつ)の剛球」「永(なが)く眼底に残る。後世の語り草」とたたえた。

 39年、第25回全国中等学校優勝野球大会(今の夏の選手権大会)に6度目(投手としては5度)の甲子園出場を果たした嶋は左腕からの快速球と「懸河のごときドロップ」で快投を続けた。全5試合完封、45イニング連続無失点は後の48年(昭23)の福嶋一雄(小倉)とともに今も大会記録に残る。決勝戦ノーヒットノーランは98年の松坂大輔(横浜)が59年ぶりに達成した。2試合連続(準決勝・決勝)のノーヒットノーランはほかにいない。

 5試合、打者154人で被安打わずか8本、奪三振57。センターを守っていた古角(こすみ)俊郎さん(86=和歌山県那智勝浦町)は「大会中、打球が来たのは2本だけ。ライト、レフトを合わせても12本」と記憶する。

 西本幸雄氏(87=本紙評論家)は嶋のすごさを肌で知る。和歌山中(現桐蔭)時代、甲子園を阻まれた。5年生最後の夏も和歌山大会決勝で敗れた。「とにかく球が見えなかった」。嶋との対戦では普段の4番から7番に下げられた。「嶋が生きていれば、戦後野球史は変わっていた」

 明大に進学した嶋を2年先輩にあたる藤本(中上)英雄は「思い出すのは嶋のことだけだ」と書いている。後に巨人に入り、プロ野球史上初の完全試合を達成する剛腕も嶋入学時に強烈な印象を抱いた。「えらい投手が入ってきた。僕の出る幕はないと、大げさではなく思ったものだ」

 そんな俊英の未来を戦争が奪ったのだ。嶋が海草中の主将として深紅の優勝旗を手にした甲子園球場のスコアボードには「心身鍛練」「総力興亜」のスローガンが掲げられていた。前年から開会式の選手宣誓は「武士道精神にのっとり」と全選手が唱和した。

 明大進学後の43年(昭18)、嶋は戦前最後となる主将となった。だが、戦時学徒体育訓練要項により東京六大学野球連盟は解散。学徒出陣で12月には海軍に召集された。海防艇に乗り、終戦まであと5カ月の45年(昭20)3月29日、ベトナム海岸線を北上中に米潜水艦の魚雷攻撃を受け帰らぬ人となった。24歳だった。出征前に結婚したよしこ夫人には遺骨も遺品もない白木の箱が届いた。

 今回、野球殿堂特別表彰委員会に駿台倶楽部(明大野球部OB会=入谷正典会長)が提出した申請文では「戦争は若者の夢を奪います。命も奪います。平和の尊さを後世に語り継ぐためにも」と審議を求めていた。

 戦争で甲子園大会は中断された。「白球飛び交うところに平和あり」は戦後、高校野球のうたい文句となった。戦後60年の節目となった05年夏の大会では開会式入場行進の先導役を嶋の後輩、向陽高主将が務めた。日本高校野球連盟の脇村春夫会長(75)は励ましの言葉で嶋の名を引用している。「高校野球は戦争を避けて通れない。嶋清一投手をはじめ、多くの球児が戦場で命を落とした。皆さんは精いっぱい甲子園を楽しんでほしい」

 殿堂入りを脇村会長は「大変喜ばしい」と語った。「今回の殿堂表彰を受けて高野連でも何か考えないといけない」と、運営委員会などで企画検討に入る。大会は今夏90回の記念大会。一部で終戦の日(8月15日)に甲子園で特別表彰を行う案も浮上する。日程が順調に進めば準決勝の日だ。

 海草中優勝メンバーでただ1人の生き残りとなった古角さんは「何とか甲子園で称えてやってほしい」と語った。「もう年だが、甲子園には、はってでも行く」

 「セイ坊」「トシさん」と呼び合った親友は明大でも海軍でも一緒。殿堂入りの内示に「号泣とはこのことです」と言葉にならなかった。「日本の野球殿堂にふさわしい。嶋は平和の象徴だ」とまた涙がこぼれた。

 ≪明大・別府総監督も感慨≫嶋清一は一昨年、昨年と2年連続1票足りずに落選していた。3度目の正直、悲願の殿堂入りだった。特別表彰委員会から元NHKアナウンサーの西田善夫さん(71)が「甲子園大会が春80回、夏90回記念を迎えることしまで待っていたんでしょう」と、名調子で紹介した。

 殿堂ホールで通知書を受け取ったのは明大野球部総監督の別府隆彦さん(83)だった。嶋の遺族では和歌山市に実妹・信子さん(85)がいるが、高齢で体調を崩し出られないため、推薦団体の駿台倶楽部が代表で受け取った。信子さん宅にも、明大合宿所にも嶋の投球写真が飾られている。

 別府さんは嶋が明大入学当時、明治中におり、よく一緒に練習したという。「おとなしく、心優しい先輩だった。よくノックを打ってくれた」。

 戦前の明大最後となる試合は43年5月23日、東京・和泉での立大との非公式試合。「嶋さん最後の試合でスコアは3―4の敗戦。だが記録にも記憶にもない。これで人々に戦争を思い浮かべてほしい」。殿堂の意義を語った。

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2008/01/12/03.html
[ 2008年01月12日付 紙面記事 ]
posted by 高校野球 at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

駒大岩見沢 センバツへ始動

今年のヒグマは広角打法!駒岩センバツへ秘策

出場を確実にしている駒大岩見沢が9日、同校室内練習場で始動した。チームスローガンは「全国制覇」。“広角打法”実現のため、新しく左右10センチずつ拡大した特注ホームベースを導入。内外角の打撃強化を図るなど、08年型ヒグマ打線完成へ準備は着々だ。センバツ出場校は、25日に開かれる選考委員会で決定する。

 08年型ヒグマ打線実現へ“秘密兵器”がベールを脱いだ。左右10センチずつ拡大された少々、不格好にも見えるホームベース。内外角の打撃を磨くため佐々木啓司監督(51)が特注した。きっかけは、昨夏の甲子園。開会式のテレビ中継で「ラージベース」の存在を知った。初戦で帝京の変則左腕・垣ケ原達也(3年)の外角球に自慢の打線が苦戦し、1―7で完敗、導入を決意した。

 「ストライクゾーン左右の厳しいコースを突く投球を克服、対応できるようにしたかった。本番で見逃した球がストライクとコールされても驚かないようにすることで、メンタル面の強化にもなる」と指揮官は選球眼向上に期待を寄せる。

 それだけではない。投手陣にも相乗効果ありだ。普段よりも広くなった内外角への大胆な投げ分けで、ウイニングショットの精度を磨く。エース左腕の板木勇幸(2年)は「全国に行ってコーナーを突かなきゃ勝てないことが分かった。冬の間に鍛えます」と意気込んだ。

 室内練習場に掲げられたチームスローガンは「全国制覇」。昨年11月の神宮大会初戦では強豪・東北(宮城)に6―13のコールド負けを喫したが、相手と同じ15安打を放ち、一定の手応えをもつかんだ。もともと強力打線が魅力の駒岩が目指すは、さらなる進化だ。

 出場校は25日に選考委から発表される。「今回も(甲子園に)行ってやるぞ!という感じ。気持ちを高めてやっています」松本駿主将(2年)が選手の気持ちを代弁した。冬眠しないヒグマがキバならぬバッティングに磨きをかけながら、夏春連続甲子園出場の吉報を待つ。

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/hs/news/20080110-OHT1T00126.htm
(2008年1月10日 スポーツ報知)


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2008年01月10日

伝説の打撃コーチ・高畠導宏

伝説の打撃コーチ・高畠導宏―――58歳で一念発起、高校教師に。
「いつも一緒に歩いてくれた」先生・感動の実話のドラマ化!


NHK 土曜ドラマ「フルスイング」
(NHKドラマHPより)

「教える」ことに人生の全てを捧げた一人の男がいました。打撃コーチ高畠導宏さん。

 七つのプロ球団を渡り歩き、落合、イチロー、小久保、田口を始め、30人以上のタイトルホルダーを育てた名伯楽は、58歳で福岡の高校の教師になりました。

 高畠さんは30年のコーチ人生で培った優れたコーチング力で、悩める思春期の子どもたちと現場の教師たちを大きく変えていきます。

 自ら、悩み、迷い、葛藤する姿をさらけ出す素敵さ。高みから何かを教えるのではなく、「生きる力」を伝えようとする熱意。「俺だけの先生」「私だけの先生」と子どもたちに思わせる「好きにならずにいられない」教師の姿がそこにありました。

 わずか1年でがんに倒れ、志半ばで逝去した新米教師「高さん」と、彼の思いを受け止め、成長していく子どもたちと教師たちの感動の実話をドラマ化します。


【番組名】土曜ドラマ「フルスイング」(全6回)
【放送予定】2008年1月19日〜2月23日 総合 毎週土曜 夜9時〜9時58分
【原案】門田隆将「甲子園への遺言―高畠導宏の生涯」(講談社刊)
【脚本】森下直 関えり香 さわだみきお
【音楽】おかもとだいすけ
【主題歌】夏川りみ
【出演】高橋克実 伊藤蘭 吹石一恵 萩原聖人 塚本晋也 本田博太郎 小林克也 里見浩太朗 ほかの皆さん

土曜ドラマ「フルスイング」制作開始のお知らせ(NHKドラマ)



HPによると第二話に映画「フラガール」に早苗役で出演した徳永えりさんが、田辺詩織役で登場します。主演の高橋克実さんとは、「フラガール」で親子役。今度は、どんな場面になるんでしょうか…今から楽しみです。

2008年01月09日

ジャパニーズドリーム 金伏ウーゴ投手(佐野日大)

ビジーニョ:新しい隣人たち 野球留学 /栃木
 <Vizinho>

 ◇プロになり、両親に楽させたい−−佐野日大の金伏ウーゴ投手

 阪神甲子園球場の一塁側アルプス席は、日大カラーのピンクに染まっていた。07年3月28日、第79回センバツ大会。超高校級スラッガー、大阪桐蔭の中田翔選手(現日本ハム)を目当てに、4万1000人の大観衆が詰めかけた。佐野日大高校野球部の金伏(かなぶし)ウーゴ投手(18)は他の控え部員と共に、メガホンを振った。

 「ひじを故障したから、センバツに間に合わないのは分かっていた」。帽子のつばに「コンフィアンサ(自信)」と書いた左腕は、気丈に言った。憧(あこが)れた甲子園のマウンドは、スタンドから見つめるしかなかった。

 ブラジル南部、パラナ州出身の日系3世。サッカーの国で、野球は日系人中心に親しまれてきた。15歳で、ブラジル野球連盟の全寮制アカデミーに入った。ここから日本の高校・大学に進学する選手は年に4、5人。同連盟日本事務局長の曽川博さん(40)は「ブラジルにも、甲子園で活躍する選手の情報がリアルタイムで伝わる。関心は高い」と話す。

 金伏投手はブラジル代表に4度選ばれ、04年8月の世界大会で3位、ベストナインにも選ばれた。高校、大学、社会人野球と門戸が開かれている日本への留学を決意した。両親は「自分のルーツである日本の文化をもっと知ってほしい」と送り出してくれた。

 05年4月、ヴィアナ・ウェリソン選手(18)と共に、佐日に入学。1年の秋季大会で早速、ベンチ入りした。10月の練習試合で、浦和学院(埼玉)を相手に5回を無失点に抑えてみせた。順調に見えたが、来日前から痛めていた左ひじの状態が悪化。2年生の6月には、メスを入れた。

 練習再開は、8カ月後のことだった。結局、3年最後の夏もベンチを外れた。

 180センチの長身から繰り出す直球は、140キロ近い。野球部の永田泰彦コーチ(33)は「手元でグッと伸びる。夏に間に合っていたら……」と残念がる。「素材は良いものを持っている。(大学で)化けるかもしれない」。松本弘司監督は今も期待感を示す。この春、白鴎大学に進学、硬式野球部でプレーする。

 生まれた1989年。祖父が苦労して拓(ひら)いたコーヒー園が寒波で全滅した。父義春さんはくじけず、オレンジ栽培に活路を見いだした。57歳になった今も、朝5時から畑に出る。金伏投手は「プロになり、両親に楽をさせてあげたい」と願う。

 祖父母は幼いころ、家族と共にブラジルに渡った。「金のなる木」と呼ばれたコーヒーに夢を託し、重労働に耐えた。金伏投手は「祖父母のお陰で日本に来ることができた」と感謝の言葉を口にする。次なるジャパニーズドリームは、彼の肩に託されている。=つづく

(毎日新聞 2008年1月8日)
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20080108ddlk09040400000c.html


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2008年01月07日

成章高校野球部 「野球部卒業式」

成章高:野球部が一足早い卒業式 30回目の恒例行事

 田原市田原町の県立成章高校野球部は5日、今春卒業する部員を送る「野球部卒業式」を学校近くの専用グラウンドで開いた。3年間の部活動を支えてくれた両親や多くの関係者に感謝の気持ちを伝える恒例行事で、今年で30回目。

 式に参加したのは卒業する3年生部員23人と女子マネジャー5人の計28人とその父母。送る側は、壁谷宜男校長や糟谷寛文監督、1、2年生部員と女子マネジャー合わせて46人など計約170人が集まった。送別のあいさつで糟谷監督は「3年間ご苦労さん。3年で1人も辞めなかったのは先生の誇りで、自慢できる」と話した。

 この後、3年生部員一人一人が両親に感謝の気持ちを伝えた後、花束を贈った。新チームの丸山亮太主将(2年)が「先輩たちと過ごした日々や、全力プレーした姿をいつまでも忘れません」と送別の言葉を贈ると、元主将の坂本裕也君(3年)が「この日を迎えられたのは、周りで支えてくれた両親たちのお陰です。ありがとうございました」と応えた。さらに「まだセンバツ出場の希望が残っています。一生懸命練習してください」と後輩部員たちを激励した。

 成章は、3年連続で選抜高校野球大会の「21世紀枠」の東海地区候補に推薦されており、今月25日の選考委員会で選考されれば甲子園出場の夢がかなう。【渡辺隆文】

http://mainichi.jp/area/aichi/archive/news/2008/01/06/20080106ddlk23100083000c.html
(毎日新聞 2008年1月6日)

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在りし日 高松市立中央球場

在りし日:懐かしく… 節目の年、あの時再び(その2止)
◆高松市立中央球場

 ◇名選手育てた舞台−−元高松高監督・松下勝彦さん(68)

 「この辺りが外野フェンス。かなり高くて、5メートルはあった。高校生の力では、なかなかホームランは打てんかった」。高松市役所から道路一つ挟んで南側、中央通りに面した同市立中央公園(同市番町1)に現れた松下勝彦さん(68)=同市宮脇町1=は、懐かしそうに語った。公園の前身の同市立中央球場は、高松高の選手、監督として甲子園を目指して熱闘を繰り広げた思い出の地。四つのベースがあった位置には石盤が埋められ、静かに名残を伝える。

 球場が完成したのは、第二次世界大戦後間もない1947(昭和22)年。焼け野原となった高松をスポーツで活気づけようと、市が建設を決めた。「当時のはっきりしたことは分からない」(市市民スポーツ課)というが、高校球児たちも戦災残土を運ぶなど、市民たちが手弁当で作り上げた球場とされる。

 当時小学生だった松下さんは、球場に足繁く通った少年の一人。スタンドは土を盛っただけ。雨が降ったら座れなかった。

 52年に大幅な改装が行われ、内野スタンドに座席が設けられるなど本格的な球場に衣替えした中央球場。プロのオープン戦や公式戦も行われたが、市民の心を最も引きつけたのは高校野球だった。

 夏の県大会が始まると、周辺のビルの窓際からは、仕事中のサラリーマンたちが“観戦”。甲子園出場が懸かった大一番では、約1万人収容のスタンドが超満員となった。「応援団の目が選手以上に血走っていた。ミスでもしようもんなら『何しよんじゃあ!』のヤジ。ベンチに帰る選手は顔も上げられんかった」と振り返る。

 街の中心部にあったことで市民に愛されたが、皮肉にもその立地が閉鎖の一因となった。グラウンドが両翼92メートル、中堅113メートルと小さく、外野スタンドもない。プロ野球の試合では、本塁打が周辺道路まで達することもあった。中央球場の歴史に詳しい日下隆さん(62)=同市亀岡町=は「車の通行量が増え、安全面で危惧(きぐ)する声が出始めた」と解説する。

 中央球場に代わる野球場として、郊外の同市生島町に県営野球場を建設することが決定。中央球場は、1982年4月、35年の歴史に幕を下ろした。

 プロ野球で5度の本塁打王を獲得した中西太さん(74)ら名選手が育ち、「野球王国」と呼ばれた香川。松下さんは「中央球場こそ、その力の源だった」と語る。「気軽に足を運べる球場が野球好きを増やした」。深い郷愁の念が顔に浮かんだ。【大久保昂】

http://mainichi.jp/area/kagawa/archive/news/2008/01/01/20080101ddlk37040028000c.html
(毎日新聞)
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2008年01月04日

サッカー名門「清商」消滅

少子化の波…高校合併で「清商」消滅

 サッカー日本代表・川口能活(ジュビロ磐田)、浦和レッズの小野伸二ら、多くのJリーガーを輩出したサッカーの名門校「静岡市立清水商業高校」の校名が消えることになった。全国高校サッカー選手権大会で3回、全国高校総体4回、全日本ユースでも5回の優勝を誇る強豪校も少子化の流れには勝てず。関係者からは「“清商”の名をぜひ残してほしい」との声も上がっている。

 “清商(きよしょう)”の愛称で親しまれてきたサッカーの強豪校も、押し寄せる少子化の波には勝てなかった。

 同校の学区では中学校の卒業者数が、ここ20年で約2400人に半減。このため静岡市教育委員会は昨年11月、清水商業と県立高校(普通科、英語科)を合併させる高校再編成計画を発表した。これによると、2013年度から普通、英語、商業の3つの科を持つ市立高校が新たに誕生するという。教委会は校名に関して「どちらかの校名を残すと(もう一方の学校が)吸収されたと取られかねない」として、再編校には新しい校名にすることを明言していた。

 清商サッカー部は51年の創部。これまで全国高校サッカー選手権大会に11回出場し、3度の優勝を果たすなど、サッカー王国・静岡を半世紀以上にわたりリードしてきた。卒業生にも名波浩(東京V)、藤田俊哉(名古屋)、田中誠(磐田)といった日本代表経験者がズラリと並ぶ。

 “清商”の消滅に卒業生ばかりでなく、市民らも猛反対。同校の藤田安彦同窓会長は「清商は全国ブランド。名前を残して」と訴えるほか、旧清水市民も「絶対に反対」「清商でサッカーをすることを夢見ている少年も多い」と市側に再考を求めていた。しかし、静岡市の小嶋善吉市長は「時代に合った良い高校をつくることが大事」と例外を認めず。市民らの願いは届かなかった。

 卒業生の小野伸二は「残念だけど、そこでサッカーをやってきたことが消えるわけじゃないから」と話している。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2008/01/04/01.html
(2008年01月04日 スポニチ)

野球部は清水市立時代、昭和61年夏に甲子園出場している。
1986年 昭和61年 夏 第68回
1回戦 清水市商 ● 2 - 12 ○ 松山商(愛媛)

2008年01月02日

中田翔(大阪桐蔭) 木でも飛距離同じ

“希望の星”中田は「木製」でも輝く

日本ハムの黄金ルーキー・中田翔(18=大阪桐蔭)がいよいよデビューする。高校通算87本塁打のスラッガーは金属から木製のバットへの変更にも「シンでとらえれば飛距離は同じ」とオフの練習でコツを体得してきた。

 バットも軽量化する。現在練習で使用中の木製バットは長さ85センチ、重さ約900グラムだが「1年目は比較的軽いものを使って変化球に対応し、思い切り振り抜くことだけを考えている」とシーズンを見据える。高卒ルーキーの最多本塁打は31本(86年、清原和博)だが、中田のとりあえずの目標は20本。93年・巨人の松井秀(ヤンキース)の11本超えを目指す。

 すでに沖縄春季キャンプに備えて3種類のグラブを用意。三塁手用に加え、外野手用、ファーストミットと発注済みで「どこでも守れるようにするのは当然のこと」。打つだけじゃない。守りにもどん欲な姿勢で「新人王」を狙う。

http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/2007npb/fighters/KFullNormal20080101047.html
(スポニチ)
posted by 高校野球 at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 大 阪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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