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2008年02月27日

野球の原点 池田高校

トラコミュ 野球ニュース

野球再発見:第3部・原点/6 「やまびこ再び」 徳島・池田
 ◇独自筋トレ、常に挑戦

 徳島県西部の山あいで、26人の高校生が白球を追う。70〜80年代に全国優勝3回、準優勝2回。ずば抜けた飛距離、打球の速さで池田は高校球界に革命を起こした。他に先駆けて「金属バット時代」に順応したが、92年夏を最後に甲子園から遠ざかっている。今の部員にとって栄光の日々は「伝説であって、雲の上の出来事」という。

 池高野球部を40年間指揮した名物監督、蔦文也さんは01年4月、77歳で他界した。「山あいの町の子供たちに一度でいいから大海(甲子園)を見せてやりたかったんじゃ」。就任20年目の71年夏に甲子園初出場。校舎脇の碑文には、当時の思いが刻まれている。

 74年春、山本智久投手(51)を中心に部員11人で臨んだ初のセンバツで準優勝。「さわやかイレブン」と話題を集めた。82年夏、畠山準(元横浜)、水野雄仁(元巨人)を中心とした豪打で頂点に。翌年春には史上4校目の夏春連覇を成し遂げる。山に囲まれた校庭に打球音がこだまする練習風景を重ね合わせ、「やまびこ打線」と名付けられた。

 83年センバツ優勝時の主将、江上光治さん(42)は当時に思いをはせる。「アップ代わりにトス打撃。キャッチボールはしません。グラウンドを1周ランニングした後は、フリー打撃、ケース打撃、シート打撃。打って、打って、打ちまくる。守備練習はシートノックだけ」。81年秋からはレスリング経験のある教諭の指導で、独特な筋力トレーニングにも励み、ポパイのような肉体を身に着けた。

 90年代初め、高校野球は消音バットを採用する。「やまびこ」は過去のものとなった感もある。だが、江上さんの1学年下で、野球部を率いて10年になる矢川雅英監督(41)の脳裏にはパワー野球が焼き付いている。

 「池田が守りの野球じゃ納得できない。面白くないでしょ? やっぱり打ちまくるチームを作りたいですね」

 「やまびこ復活」を目指し、矢川監督は独自の練習方法を考案した。外角いっぱいの地面に置いた球に、ほうきの柄につけたロープの先を当てる。外角球を強く打つポイントを体得するためのメニューだ。大またで椅子に座りながらのロングティーでは、太ももの内側の筋肉を使う感覚を養う。宮健一郎主将(2年)は「打球の速さが変わった」と実感している。

 徳島県内の高校では矢川監督や前監督の岡田康志・穴吹高監督(46)ら蔦さんの教え子5人が指導する。毎年、蔦さんの命日の直前、5人は自チームを率いて池田へ集まる。1泊2日で総当たりの試合。第1ストライクの直球は積極的に打つ。常にチャレンジする野球には、池高野球の原点がにじむ。

 06年秋、池田は18年ぶりの四国大会出場を果たし、昨夏は9年ぶりに徳島大会4強。まだ小さいが、復活の足音は確実に聞こえている。【井沢真】=つづく

http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/high/news/20080225ddm035050086000c.html
(毎日新聞 2008年2月25日 東京朝刊)
posted by 高校野球 at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 徳 島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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